猪八戒はなぜ天界のヒーローから三蔵法師の弟子となったのか?「悟浄出立」を読む。

本日の「夢中」は文庫本、万城目学の短編集「悟浄出立」です。

この短編集には、古代中国に素材をもとめた5つの短編が掲載されているのですが、今回はそのなかで、タイトルにもなっている「悟浄出立」をオススメします。

■西遊記のスピンオフ

「悟浄」とは、西遊記で皆さんご存知の沙悟浄のこと。カッパの妖怪ですね。
本作は、西遊記に万城目流の味付けを施した、スピンオフ・ストーリーのようなもの。

名(迷?)脇役の沙悟浄と猪八戒のやり取りを軸に短編が構成されています。

ここで描かれる沙悟浄は、考えてばかりいて行動が伴わない、うだつのあがらない妖怪です。
一方の猪八戒は、悟浄とは逆に、後先考えずに思うがままに行動してしまう、おっちょこちょいな妖怪。
なんか、昔のTVドラマ「西遊記」を思い出してしまいます。岸部シローさんもそうだし、西田敏行さんの猪八戒もイメージがぴったり。

■希代の名将、猪八戒

話しは、悟浄がとある噂に聞いた、「八戒は、頭脳明敏にして神通広大、その用兵の妙をして天界じゅうにその名を轟かせた、希代の名将である」という話しの真偽を本人に確かめるところから展開していきます。
詳細は差し控えますが、そこには、八戒の深い悩みと、それとは対照的な孫悟空の存在がありました。

おそらく八戒には予知能力があったのではないでしょうか。
「相手の動きを読みきる」という彼の戦術はまさに神がかった勝利をもたらします。
一方で、彼は、余計な戦いをせずに最短で敵の大将を討つ戦い方、結果さえ出せばよいという合理的な生き方に、無常を感じるようになりました。

八戒は自虐的に言います。
「過程を貶し、現実を愛さず、終着点にのみ唯一の価値を見出すようになった者に訪れる悲劇的な結末なんて、もはや約束されたようなものさ。」

すこく示唆に富んだ言葉だと思います。
結果だけ追い求めるひと、いっぱいいますもんね。道義的なものとか、人とのつながりとか、いろんなものを犠牲にして。
八戒はそんな天界に嫌気がさしたのかもしれません。

■孫悟空

物語の後段で、はじめて一行の先頭に立ったものの、どっちに行ったらいいか戸惑う悟浄に対して、八戒が言います。
「好きな道を行けよ、悟浄。少し遠回りしたって、また戻ればいいんだよ。」

「遠回り」は、八戒が天界にいた時にはありえない選択肢でした。
そんな彼を変えたのは、彼を叩きのめした孫悟空です。

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(写真ACより)

天界の完全な神々とはまったく異なる、「予知」できない戦いぶりに、やられはしたものの、これまで感じたことのない魅力、ワクワク感を感じたのかもしれません。

■アナザー・サイド・オブ・西遊記

弟分を叱咤しながら歩を進める孫悟空。
文句を言いながらも一行に従う八戒。
そして、八戒の新たな一面を知って、自身も新たな一歩を踏み出す悟浄。

西遊記って、単なる冒険活劇と思ってましたが、万城目ワールドでは、見え方がまるで変わります。
3人(匹)の成長譚としても楽しめますね!

次の作品、出ないかな。3人(匹)の活躍と成長をもっと見てみたい。そんな風に思う短編でした。
よろしくお願いします、万城目さん!

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