敗れ続けた劉邦はなぜ中国を統一できたのか?宮城谷昌光「劉邦」

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、宮城谷昌光さんの中国の英雄を描く大河小説「劉邦」です。

■あらすじ

農民の子として生まれ、若い頃は無頼の徒。
50才手前まで平凡な地方官吏に過ぎなかった、酒と女にだらしない男。
その男こそ、後に漢王朝の初代皇帝となる「劉邦」です。

ときは秦王朝末期。絶大な権勢を誇った始皇帝が崩御すると、中国は再び乱世をむかえます
反乱軍の勢いが増すなか、周りに推される形でほう起したのが劉邦でした。


劉邦(一)

劉邦はその後、幾度も戦いに出ますが、幾度となく負けました
それでも、その人望を持って、張良や蕭何、韓信、彭越など智謀・武勇に長けた仲間を増やしていきます。

その前に立ちはだかるのが、圧倒的な武力を誇る項羽でした。
やがて始まる、劉邦と項羽の宿命の戦い…。勇猛な項羽率いる楚軍の前に、幾度も敗れ幾度も窮地に陥る劉邦…。

果たして、劉邦は項羽に勝つことができるのか
敗れ続けた劉邦はなぜ、中国全土を平定し、漢王朝を築くことができたのか?

■劉邦

古代中国の小説を描かせたら他の追随を許さない作家、宮城谷昌光さん
珍しく(?)、ひろく知られた英雄を主人公に添えた作品が、今日紹介する「劉邦」です。


劉邦(二)

劉邦は、漢(前漢)の初代皇帝となる英雄です。
秦に変わって天下を統一すると、紀元前202年から約400年に及ぶ漢王朝を築きました。

日本では弥生時代の頃。中国では一大戦国絵巻が繰り広げられていました。
漫画「キングダム」で描かれる秦王朝に続く「キングダム」が、劉邦の築いた漢です。

この劉邦、もちろん中国史に残る英雄なのですが、その人物像はなんとも英雄には程遠い…
酒に弱く、女にだらしない。何より戦いに弱い。劉邦が繰り広げた戦は数多くありますが、そのほとんどで敗れています。

宮城谷版「劉邦」でも、その劉邦を決してカリスマとして描いていません。
むしろ、人間的な弱さを持った等身大の人物として劉邦を描き切ります。


劉邦(三)

そんな頼りない劉邦と対照的な活躍を見せるのが、宿敵・項羽です。
大国・楚の将軍を務めた家系で育った項羽は、大身怪力、武勇に秀で、反秦軍を率い数々の武功を上げます。

この項羽の無双ぶりが半端ありません。圧倒的な強さで秦の大軍を撃破すると、秦王と一族を殺し、咸陽を焼き払います。
さらに、秦の投降兵20万人を生き埋めにするなど傍若無人。誰もが恐れる鬼神として、「西楚の覇王」を称し、中国の覇権を握ります。

■弱いリーダー

その鬼神に立ち向かったのが、人間・劉邦でした。
この劉邦が弱い…。何度も項羽に敗れ、何度も命を落としかけます。

ただ、この劉邦には、項羽に勝るものがありました。それが「人間力」です。
弱いがゆえに、人を頼ります、信じます、そして助けます。底なしの度量、男惚れする魅力、天性の人たらし…。
「この人に付いていきたい」という不思議な人間力が、この男にはありました。


劉邦(四)

そして、その人間力は、最後の最後に、圧倒的な武力を誇る項羽を追い詰めます。
両者の雌雄を決した「垓下の戦い」(紀元前202年)。有名な故事「四面楚歌」は、この戦いのなかで生まれました。

有力武将の韓信と彭越を味方につけた劉邦は、寡兵となった項羽を取り囲みます。
そのとき、項羽は四方の劉邦軍から故郷の楚の歌が聴こえてくることに気づきます。
すでに、故郷・楚の兵まで劉邦軍に降ったのか…。形勢不利を悟った項羽は、別れの宴席を設けました。

このとき、項羽のうたった愛妾・虞美人への詩も有名ですね。

虞や虞や 汝を奈何せん…

その後、項羽は自害し、5年に及ぶ両者の戦い(楚漢戦争)は終焉
劉邦は、この後400年続く、漢王朝の初代皇帝の座に就くのでした。

劉邦と項羽。この両者のリーダーシップは、今にも通用するものがありますね…。
カリスマゆえに、自らの力を過信し、他者を軽んじた項羽。
弱い人間ゆえに、他者を信じ、他者に施し、他者から愛された劉邦。
これからの時代、私たちは、どんなリーダーに出会うのでしょうか…。

ありがとう、劉邦! ありがとう、宮城谷さん!

ブログランキングに参加しています!

にほんブログ村 本ブログへ

 

 

 

 

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事