「天下人の城」を読み解く。サライが教える、三英傑の城づくりに隠された意図

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館長のふゆきです。

今日の夢中は、「天下人の城」を読み解く。サライが教える、三英傑の城づくりに隠された意図…です。
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■サライ

旅、食、人物、歴史、文化、趣味など、大人のライフスタイル情報誌「サライ」
2026年5月号は、城好き・歴史好きにはたまらない一大特集が組まれました。

それが、信長・秀吉・家康、城で読み解く三英傑。大特集「天下人の"城"」です。
ちょうど、現在放映中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」にも登場している三英傑。この3人を城造りの観点から掘り下げようという興味深い企画です。

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冒頭から、「城を見れば、三者三様の"天下のかたち"が見えてきます」と、歴史学者の小和田哲男さんが切り込みます。

尾張国の中流武家に生まれ、優れた才覚でまたたく間に畿内を席巻した織田信長
その信長に見いだされ、庶民からついには関白に成り上がった豊臣秀吉
そして三河国の小領主の家系に生まれ、長い忍従のときを経て江戸幕府を開いた徳川家康

彼らがそれぞれ、どんな思いを持ち、いかなる目的で、どのような城を築いたのか。
歴史の専門家たちが、「天下人の"城"」から三英傑の本質を読み解きます。いざ、サライの誌面から戦国時代へ、バーチャル城めぐりへと出かけましょう。

■信長の城

まずは織田信長の城。「城から見た信長は、間違いなく革命的な変化をもたらした人物です」。
そう、歴史学者の中井均さんが解説しています。いわく「山の上に城を築き、そこには本格的な石垣を導入し、高層建築を建てました。そのような城を築いたのは、信長が初めてでした」。

さらに居城を転々と移した点も画期的でした。小牧城、岐阜城、安土城と次々と居城を移し、その都度まったく異なる城を築きました。
先祖代々の土地にこだわらず、次の攻略目標により近い地に新たに居城を移す。なんとも合理的な信長らしい城造りの哲学といえます。

その信長の革新性を如実に物語る城が、信長が晩年に築いた幻の城「安土城」です。
城の全体に高石垣を配備し、五重七階の壮麗な天守をつくり、その屋根は金箔瓦で飾りました。
「戦う城」から「見せる城」へ。信長は、戦わずして相手を屈服させる「天下布武」の象徴として安土城を築いたといえます。

(安土城跡)

■秀吉の城

続いて豊臣秀吉の城。秀吉もまた、非常に画期的な築城理念を持っていたと小和田哲男さんは言います。
それは、最初の城主となった長浜城に見ることができます。その特徴は、水運と軍備をセットにしたこと。すでにあった港を城として取り込んで、商業の振興もはかりました。

ここに秀吉の鋭敏な経済感覚が光ると本誌は指摘しています。この考えは、のちに天下人・秀吉の象徴となる大坂城に受け継がれました。
大阪の地は瀬戸内海を足下に置く交易の要衝。秀吉はここに巨大な城を築き、城下町を整備して大坂を政治・経済・物流の中心地に育て上げる、「大坂首都構想」を描いていたといいます。

一方で、このような平城には、防御のための堀が欠かせません。秀吉は、大坂城の四方に水堀や空堀を掘りました。
この辺りは、経済人としても武人としても一流の秀吉。この堀を設けたために、大坂城は天下の堅城となりました。のちに家康が堀を埋めさせて、豊臣家を滅亡させることになるのは、なんとも皮肉ですね…。

(大坂城)

■家康の城

最後は、徳川家康の城です。家康は、幼少期を今川家の人質として過ごし、やがて信長の同盟者となるも、秀吉に臣従。関東への移封を余儀なくされました。
長い忍耐の末、62歳で幕府を開き、天下人の座に就きました。その家康の築いた城の特徴は、慎重かつ堅実な性格を反映し、「いつ来るかもしれない敵に備える」ことだったと本誌はいいます。

特に、その慎重な城造りの哲学は、豊臣に代わって徳川が天下を取った後も変わることなく、むしろ強くあらわれています。
家康は晩年、駿府城を隠居城と定めますが、その最大の理由は「対大坂戦略です」と小和田哲男さんは断言します。
いわく、「家康は、自身が隠居した後も豊臣家との最終決戦を想定しており、箱根の手前で豊臣の大軍を食い止めたいと考えていたのです」。

もし大坂の豊臣方が挙兵して江戸を目指した場合、まず近江の井伊家の彦根城、続いて子の徳川義直の名古屋城が食い止め、駿府を最後の防波堤とする。
万が一、駿府が破られても最強の江戸城で決戦する。自身の死後まで考え抜いた深謀遠慮、これこそが、まさに家康の城造りの真骨頂だと、本誌は述べています。

(江戸城天守台)


なかなかに興味深いですね…。三英傑とその城造りには、3人の性格と天下取りの段階が密接にかかわっていることが分かります。
小和田哲男さんが次のように述べています。「信長は近畿の覇者となり、秀吉はともかくも全国を統一し、そして家康は中央集権の幕藩体制の確立を構想しました。(中略)3人によって段階的に戦国時代は終わり、同時に日本の城づくりも完成したのです」。

今日の夢中は、「天下人の城」を読み解く。サライが教える、三英傑の城づくりに隠された意図…でした。
ありがとう、サライ! ありがとう、特集「天下人の"城"」!

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