
こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
今日の夢中は、サライ「謎解き"豊臣秀吉"」!なぜ庶民から天下人になれたのか?秀吉の謎に迫る…です。
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■サライ
旅、食、人物、歴史、文化、趣味など、大人のライフスタイル情報誌「サライ」。
2026年2月号は、今年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」で注目のこの人を大特集する立春記念号となりました。
それが、豊臣秀吉。表紙には、高台寺蔵の豊臣秀吉像と日の光を浴びた大阪城天守閣が配されています。
特集名は、「謎多き"豊臣秀吉"」。「日本史上で"民草"から天下人へ上り詰めたただ一人の男」という言葉が付されています。
庶民から身を起こした秀吉は、優れた軍略で天下を掴み、大坂城を築城。関白として権勢を振るいました。
その虚実入り混じる出世譚は、いつの時代も人々の心を捉え、今般の大河ドラマにも登場することとなりました。
「庶民から天下人へ」という奇跡を成し遂げた男、豊臣秀吉。あまりに有名なその足跡ですが、ふと考えてみると不可解なことばかりだと思いませんか?
なぜ家柄も人脈もない若者が、みるみる名を成す活躍を見せ、熟練の武将たちを圧倒できたのか…。今号の「サライ」は、そんな「秀吉の謎」に切り込みます。
今日の夢中は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」で描かれる豊臣秀吉の人物像を探る「サライ」2026年2月号。
一大特集「謎解き"豊臣秀吉"」から、豊臣秀吉が活躍した戦国時代へ、誌面で辿る謎解き旅に出かけましょう。
■なぜ庶民から天下人になれたのか
民草から天下人へと駆け上がった、日本史上ただひとりの男、豊臣秀吉。
「サライ」2026年2月号の特集「謎解き"豊臣秀吉"」では、その謎に満ちた生涯を、8つのテーマで解き明かしています。その8つの謎とはこちら。
謎① なぜ"民草"が天下人になれたのか
謎② "攻城の天才"はなぜいくつもの超軍略を使えたのか
謎③ なぜ「豊臣」を名乗ったのか
謎④ なぜ朝鮮を攻めたのか
謎⑤ なぜ大坂城は平地に築かれたのか
謎⑥ なぜ京を洛中・洛外に分けたのか
謎⑦ なぜ秀次は殺されたのか
謎⑧ なぜ江戸庶民の"英雄"になったのか
どれもこれも興味深い謎ですね…。当ブログでは、そのなかでも特に興味深い謎をピックアップして紹介したいと思います。
まずは謎①、なぜ"民草"が天下人になれたのか。
歴史上、武家社会の頂点に立って覇を唱えた人物と言えば、源頼朝、足利尊氏、織田信長、徳川家康など。
彼らと秀吉が大きく異なる点は、秀吉が何一つ力を持たない庶民から頂点へと上り詰めたことです。
そんな庶民出身の秀吉の運命を大きく変えたのが、戦国期に生まれた異能・織田信長に仕えたことでした。
信長は、極端なくらい能力主義者で、血脈や門閥などを気にせず、属人の能力や性格に応じた適材適所を断行しました。この信長に気に入られたのが秀吉でした。

(織田信長像)
では、秀吉はどうやって自分の能力を信長にアピールしたのでしょうか?その一つが「少年期より培った話術」だと専門家は言います。
秀吉は若い頃に針売りなどの行商をやっていました。行商は自分の話術で売り歩かないといけません。また各地をまわるので巷の情報に通じていました。
この「話し上手」という秀吉の特技に信長が注目、自信の戦略に利用したのです。
たとえば、美濃斎藤氏の攻略では、秀吉に斎藤家内の寝返り工作を命じています。ここで、秀吉の「人たらし」能力が功を奏したことは想像に難くありません。
信長は秀吉の才能を見抜いて信を置き、秀吉も全力で応えた…。それが、秀吉の天下取りへの出世コースを切り開いたと、本誌のなかで専門家は指摘しています。
■3人の軍師
続いて謎②、"攻城の天才"はなぜいくつもの超軍略を使えたのか。
秀吉は生涯に多くの合戦を行っていますが、戦全体を通して大敗を喫したことがありません。
その強さを支えたのが、「軍師」と呼ぶべき3人の参謀役でした。その3人とは、竹中半兵衛、黒田官兵衛、そして秀吉の実弟・豊臣秀長です。
この3人が、それぞれ時代別に秀吉を支えたことで、常勝秀吉軍が形作られました。これも、人に恵まれたというより、秀吉の「人たらし」の能力ゆえでしょう。
たとえば、竹中半兵衛は、その能力をかわれ信長の臣下となっていましたが、秀吉の要望を受けて秀吉の与力となります。
やがて秀吉の無二の軍師となった半兵衛は、近江攻めや中国攻めなどで見事な調略の才を発揮し、秀吉の数々の武功を援けました。

(豊臣秀吉像)
その半兵衛が36歳の若さで病死したのち、秀吉の参謀となったのが、姫路城主・黒田官兵衛でした。
官兵衛もまた信長に臣従していましたが、秀吉の中国攻めの際にその与力として合流。官兵衛は即座に、自らの姫路城を差し出すなど、秀吉の信頼を得ていきます。
本能寺の変を知ると、秀吉に中国大返しを献策したという逸話も有名。まさに、秀吉の天下取りを軍師として支えました。
そして、秀吉の絶対的な信頼のもと、秀吉の天下統一の歩みを支えたのが、秀吉の実弟・豊臣秀長です。
秀吉の中国攻め以降は、秀吉のほとんどの合戦に参加し、四国攻めでは総大将を担いました。秀吉の分身としての役割を果たせた唯一の武将と言っても過言ではありません。
惜しむらくは、秀吉に先立って52歳で病没したこと。秀長を失ってのち、千利休や秀次の切腹、朝鮮出兵など秀吉が迷走していくのは、なんとも皮肉です…。
誌面には、他にも秀吉の数々の超軍略(兵糧攻め、水攻め、中国大返しなど)や、なぜ大坂城は平地に築かれたのかなどの謎解きが、くわしく記述されています。
なかには、これまでの定説に問題を提起するものも…。大河ドラマでも取り上げられる豊臣秀吉。まだまだ、豊臣秀吉への関心も謎も広がっていくようです。
今日の夢中は、サライ「謎解き"豊臣秀吉"」!なぜ庶民から天下人になれたのか?秀吉の謎に迫る…でした。
ありがとう、サライ! ありがとう、特集「謎多き"豊臣秀吉"」!









