旅の手帖「秀吉・秀長の旅」!天下統一への歩みを辿る「豊臣兄弟!」ゆかりの地めぐり

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館長のふゆきです。

今日の夢中は、旅の手帖「秀吉・秀長の旅」!天下統一への歩みを辿る「豊臣兄弟!」ゆかりの地めぐり…です。
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■旅の手帖

旅の楽しさ、日本の美しさを伝える旅行雑誌、「旅の手帖」
2026年3月号は、大河ドラマで注目の兄弟に焦点を当てた特集が組まれました。

それがこちら、秀吉・秀長、「豊臣兄弟!」ゆかりの地を巡る旅。
二人が生きた戦国の現場へ、「秀吉・秀長の旅」です。

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豊臣秀吉・秀長の兄弟を描いた大河ドラマ「豊臣兄弟!」が1月から始まりました。
長い日本の歴史の中で、庶民から天下人にのし上がったのは豊臣秀吉だけ。

その「天下人」秀吉を支えたのが、「天下一の補佐役」と称される弟の秀長です。
この2人がどのように描かれるのか、大河ドラマ「豊臣兄弟!」から目が離せません。

今回の「旅の手帖」は、そんな注目の豊臣兄弟ゆかりの地を大特集
今も二人の生き方や思想が息づく町へ、「旅の手帖」誌面から「秀吉・秀長の旅」にでかけましょう。

■秀吉・秀長ゆかりの地

まずは兄・秀吉ゆかりの地「長浜」(滋賀県)へ。
秀吉が37歳にして初めて一国一城の主となり、天下統一へと躍進した「長浜城」のある町です。

いま当地に立つ模擬天守は、いわば秀吉が初めて領地を得て築いた夢のマイホーム
5階の展望台からは、水運の要衝・琵琶湖や長浜市街が一望できます。兄弟もここから将来を展望したのでしょうか…。

さらに足を伸ばすと、秀吉がこの城を得るきっかけとなった、織田信長による浅井攻めの舞台があります。
織田・徳川軍と浅井・朝倉軍が激突した「姉川古戦場」跡や、浅井家の居城「小谷城」跡など。
今後の大河ドラマでも描かれるであろう、豊臣兄弟ゆかりの地。歴史ファンならずとも足を運んでみたい!

(長浜城/写真ACより)

続いて弟・秀長ゆかりの地「大和郡山」(奈良県)へ。
地理的にも政治的にも重要と、秀吉から秀長に統治を託された場所。秀長がつくり上げた城下町です。

街の中心にある「大和郡山城」は、大坂城を守る要衝として秀長が急ぎ建造を進めました。
そのため、城の石垣には寺院の礎石や墓石、石地蔵まで石材として転用されています。秀長の奮闘ぶりが伝わりますね。

築城と同時に秀長が尽力したのが、城下町の整備です。秀長は城下町を繁栄させるため、奈良や堺から商人を集め、郡山城下での商売を奨励したといいます。
そのため今も、400年以上続く和菓子屋や、秀長のもとで発展した藍染めの施設が残ります。秀長の思いが残る城下町、ぜひ街歩きをしてみたいですね!

(大和郡山城)

■豊臣大坂城

さらに、豊臣兄弟のゆかりの地「大阪」(大阪府)へ。
言わずと知れた豊臣秀吉の天下統一のシンボル「大阪城」。…ですが、いま地上に見えているのは、秀吉が作ったものではありません。

慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で敗れた後、豊臣大坂城は徳川幕府によって地中に埋められました。
しかし2025年4月、400年のときを経て、地中に眠っていた豊臣大坂城の遺構が公開されることになったのです。

それが「大阪城 豊臣石垣館」。学術調査により豊臣築城と断定された石垣を、築かれた位置そのままで公開。
館内では大坂城が埋められた悲運のストーリーや、石垣の謎解明までのドキュメンタリー動画も放映されています。これは何としても行って見てみたい!

(大阪城)

ほかにも、「豊臣兄弟ゆかりの城!」では、黒田官兵衛ゆかりの「姫路城」(兵庫県)や、わずか一夜で築かれた伝説も残る「墨俣一夜城」(岐阜県)などが紹介されています。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、どんな物語が展開されるのか、ページをめくるごとに楽しみが深まります。もっとくわしく知りたい方はぜひ「旅の手帖」本誌を手に取ってご覧ください。

今日の夢中は、旅の手帖「秀吉・秀長の旅」!天下統一への歩みを辿る「豊臣兄弟!」ゆかりの地めぐり…でした。
ありがとう、「旅の手帖」! ありがとう、特集「秀吉・秀長の旅」!

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