皆さん、こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
今日の夢中は、恩田陸さんの長編小説「蜜蜂と遠雷」です。
■あらすじ
3年に一度開催される若手ピアニストの登竜門、芳ヶ江国際ピアノコンクール。
多くの天才ピアニストが集うこのコンクールに、さまざまな出自を持つ4人の若者が出場します。
栄伝亜夜。20歳。
かつて天才少女と言われ将来を嘱望されながらも、7年前の母親の死をきっかけに表舞台から姿を消します。
今回のコンクールに再起をかけて出場しますが…。
高島明石。28歳。
楽器店で働くかたわら、寸暇を惜しんでピアノ練習に励むサラリーマン奏者。
年齢制限のため、これがラストチャンスと覚悟を決めてコンクールに挑みます。
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール。19歳。
日系三世のペルー人の母とフランス人の父を持つ、人気実力を兼ね備えた天才ピアニスト。
少年時代に日本で暮らした経験があり、そのときにある少女とピアノに出会いました。
風間塵。16歳。
今は亡き著名なピアニスト・ホフマンに見いだされ、突如コンクールに現れます。
養蜂家の父と各地を転々とする暮らしのため、正規の音楽教育を受けておらず、それどころか自宅にピアノすら持っていない謎の少年。
コンクールは、1次予選から2次、3次。そして本選へ。
それぞれの演奏を通じて、刺激を受け、高め合い、悩みながらも、成長を遂げていく4人。
果たしてコンクールの行方はいかに。そして4人がたどり着く音楽とは…。
■音楽の描くScenery
まるで、音楽という名の絵画を旅しているみたい…。
それがこの作品の第一印象です。そう言えば、この作品の表紙も油絵のようなデザインが使われていますね。
扱っているテーマは音楽なんだけど、そこから伝わってくるのは音楽のScenery(風景・景色)。
文字が連なるモノクロのページから、色とりどりの情景が目の前に迫ってきます。
例えば、栄伝亜夜。
彼女は演奏中に、ある人の声を聴いて思わず涙を流します。
すると、彼女が奏でる音楽は、その人の思いに応えるように新たなScenery(風景・景色)を描き出しました。
母なる大地。
どこまでも続く地平線。遠くで待っている誰か。
草の匂い…。吹き渡る風…。夕餉の懐かしい匂い。
例えば、高島明石。
彼は演奏の直前、ステージの奥に祖母の桑畑が広がるのを感じます。
それはやがて、曲のテーマである宮沢賢治のScenery(風景・景色)につながっていきます。織り成す桑畑の緑と雪の白のイメージ。
あめゆじゅとてちてけんじゃ。
あめゆじゅとてちてけんじゃ。
マサル・カルロスが演奏する、リスト作曲ピアノ・ソナタロ短調は物語そのものです。
彼の演奏とともに、何世代もの因果が絡み合う悲劇のScenery(風景・景色)が映し出されます。
ゆっくりと遠ざかっていくヒロイン。
がらんとした風景。
誰もいない平原に、草だけが揺れている。
そして風間塵。
彼の演奏には予想だにしないScenery(風景・景色)が次々に登場します。
民族衣装を着て踊る男女、黄昏のアジアの集落、茜色の光あふれるグラナダから冷たい雨の降る北フランスへ…。
そして灼熱のアフリカにScenery(風景・景色)が変わったとき、ある者は歓喜し、ある者は踊り、ある者は恐怖しました。
根こそぎ持っていかれる。
遭難するぞ。
なんて圧倒的な音楽のScenery(風景・景色)の数々…。
この小説を読んだ誰しもが、この作品の世界に「根こそぎ持っていかれ」たのではないでしょうか。
■もっと遠くへ
この「蜜蜂と遠雷」は、松岡茉優さんらをメインキャストに映画化されました。
ただ、まだ観ていません。この小説を読んでイメージしたScenery(風景・景色)と異なる映像を観るのが怖いのです。
でも最近になって、それでも構わないんじゃないかと思ってきました。
なぜなら、それが「音を外に連れ出す」ことにつながるから。
いろんな感じ方があっていい。音楽はもっと自由でいい。きっと、塵も亜夜もそう言うだろうなって思ったりしています。
そして、この小説「蜜蜂と遠雷」は、そんな若者4人のScenery(風景・景色)をページに刻んでずっと残るのです。
さまざまな思いと数々の風景を凝縮して…。それはまるで素敵な名画みたいに…。
恩田陸さんは、この「蜜蜂と遠雷」で画家になりました。
彼女が描く絵画は、一度観ただけで心を惹きつけます。そして観るほどに表情の異なるSceneryを魅せてくれるのです。
恩田さん、私たちはあなたの次の名画に出会えることをを楽しみにしてます。
ありがとう、蜂蜜と遠雷!ありがとう、恩田陸さん!