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館長のふゆきです。
今日の夢中は、永井路子「悪禅師」!鎌倉殿の影で暗躍した黒衣の源氏・阿野全成…です。
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(阿野全成碑/大泉寺・静岡県沼津市)
■炎環
永井路子さんが鎌倉草創期を描く名作「炎環」。直木賞受賞作です。
短編集の形式をとっていますが、それぞれが連環していて、短編集ながらも長編小説のような体裁となっています。
この小説は、鎌倉草創期を生きた4人の人物を主人公に、4つの物語が織りなされます。
はじめに、源頼朝の弟・阿野全成を主人公にした「悪禅師」。
続いて、頼朝の寵臣・梶原景時に焦点を当てた「黒雪賦」。
さらに、北条政子の妹・保子の半生を描く、その名も「いもうと」。
そして、頼朝を補佐し、ついに2代執権の座に就いた北条義時を主人公とした「覇樹」。
今でこそ、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で注目されていますが、どの人物もこれまで歴史の表舞台に立つことのなかった人物。
そして、どの物語も、これまで歴史の表舞台で語られることの少なかったストーリーです。
今日は、この4つの物語の中から「悪禅師」を取り上げます。
主人公は、鎌倉殿・源頼朝の異母弟、源義経の同母兄、阿野全成です。
■阿野全成
阿野全成(あのぜんじょう)。
この作品「炎環」を読むまでは、知りませんでした…。
(大泉寺より)
源氏の棟梁・源義朝の七男。源頼朝の異母弟、源義経の同母兄です。
幼くして出家し僧侶となりますが、頼朝の挙兵を聞くといち早く駆け付け、その後頼朝を支えました。
頼朝の妻・北条政子の妹阿波局と結婚、頼朝の次男・千万(後の実朝)の乳母父になるなど、頼朝から重用されますが、その名は一般的には知られていません。
実際に、全成が幕府内でどのような立場で何をしていたかについて記す史料は存在せず、その生涯は謎に包まれているのです。
そんな阿野全成を主人公にとり上げたのが、永井路子さんの「悪禅師」。
なんともチャレンジングですね…。史書に登場する数少ない手がかりをもとに、阿野全成という人物に魂を吹き込みました。黒々とした魂を…。
■暗躍する黒衣の源氏
永井路子さんが解き明かした、謎多き阿野全成という人物。
その人物像をひとことで言うなら、「暗躍」という言葉が相応しいでしょう。
物語の前半、全成の計算高い性格が、弟義経との対比で象徴的に描かれます。
義経は純粋に兄頼朝を慕い合戦で功を挙げますが、全成は頼朝の秘めた嫉妬心を推し量り、やがて義経を冷たく見捨てます。
「九郎、血の繋がりとは、所詮、そのくらいなものなのだ」。全成は心の中でつぶやきます。
義経(九郎)をはじめ、次々と粛清されていく源氏の血族。全成は兄弟のなかでただ一人、生き残ります。
その処世術は、決して表に出ないこと…。全成は兄頼朝の一挙一動を窺い、その猜疑や嫉妬の対象とならないよう、巧みに韜晦します。
「ただ待つのだ。待つだけだ…」。だから、史書にも登場しなかったのでしょうか。
静岡沼津に残る源氏・阿野全成の館跡と墓所…その秘めた野心とは?
ただその裏で、全成は秘めた野心を着々と研ぎ澄ましていました。
影のような生活を送りながら、ただ一度我を通して頼朝の次男・千万の乳母父になると、そのときをじっと待ちました…。
やがて訪れる頼朝の死。それを待っていたかのように、全成は動き出します。
妻阿波局を巧みに使って梶原景時を失脚させると、さらに比企一族に狙いを定めます。いずれも二代将軍・源頼家を支える有力御家人でした。
全成の狙いは、自らが乳母父を務める千万を次の鎌倉殿にすること。
そのとき、全成は黒衣の宰相として、日の本を統べることになる…。
これまで決して表に出なかった全成が、その野望にほくそ笑んだとき、運命が暗転します。
頼家が全成を捕縛…。そのとき全成は、北条はどうするのか。そして、追い詰められた全成に頼家が放った言葉とは…。
(大泉寺 首掛け松)
今日の夢中は、永井路子さんの「炎環」に収められた一篇「悪禅師」でした。
「鎌倉殿の13人」ファンにもおススメ。鎌倉殿の舞台裏で暗躍した黒衣の源氏の物語でした。最後の頼家の言葉には背筋が凍りますよ…。
ありがとう、永井路子さん! ありがとう、「炎環」! ありがとう、「悪禅師」!