旅の手帖「伊豆と鎌倉へ」 "鎌倉殿の13人"ゆかり頼朝と義時を探す旅

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、「旅の手帖」2022年5月号の特集「伊豆と鎌倉へ」です。

■旅の手帖

旅の楽しさ、日本の美しさを伝える旅行雑誌、「旅の手帖」
2022年5月号は、歴史ファン、大河ドラマファンにはたまらない特集が組まれました。

それが本号の特集、「伊豆と鎌倉へ」
「源頼朝と北条義時の面影を探して」というサブタイトルが冠されています。


旅の手帖2022年5月号

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ゆかりの地、伊豆と鎌倉をめぐる旅。
巻頭では、「おさらい」として、鎌倉幕府を開いた頼朝と鎌倉殿を支えた重臣たちの関係などを概説しています。

略年表や重臣たちの一覧が載っているので、大河ドラマを見てない人でも。旅への思いをふくらませることができます。
もちろん、大河ドラマにハマっている人はもう、「伊豆と鎌倉」と聞くと、あの場面この場面が思い浮かぶのではないでしょうか。


鎌倉殿の13人 前編(NHK大河ドラマ・ガイド)

今日は、「旅の手帖」の誌面から、「鎌倉殿の13人」ゆかりの地へ…。
源頼朝と北条義時の面影を探す旅、伊豆と鎌倉へ出かけましょう。

■伊豆

まずは、伊豆。伊豆の国市韮山・江間地区へ。
ここは、豪族の北条氏が拠点とした場所。北条義時が生まれた地にして、源頼朝が流された地です。

なので、頼朝と義時ゆかりの史跡が盛り沢山。
蛭ヶ島公園に建つ頼朝・政子の像。「蛭ヶ島の夫婦」像は仲睦まじく富士山を眺めています。


(蛭ヶ島の夫婦)

源頼朝は14歳で伊豆に流されてから、34歳まで伊豆国で過ごします。
そこで北条時政の娘・政子と愛を育むと、北条氏の支援を得て、平家打倒の兵を挙げました。

その頼朝に流人時代から近侍し絶大な信頼を得たのが、政子の弟・北条義時。伊豆には義時ゆかりの史跡も多くあります。
その一つ、江間公園には北条義時館跡の石碑があります。大河ドラマではこの江間の地で、八重姫と愛を育んでましたね。


(願成就院)

さらに、義時をモデルに彫ったとされる仏像を安置する「願成就院」
義時が息子・安千代の霊を弔うために建立したと伝わる「北條寺」などもあります。
北條寺には、義時夫妻の墓もあります。果たして、義時の隣りに祀られている妻は誰なのでしょうか…。

■鎌倉

そして、頼朝が幕府を開いた地、鎌倉へ。
伊豆で平家打倒の兵を挙げた頼朝は、東国武士を束ねて鎌倉の地に入ります。
頼朝が鎌倉を選んだのは、三方が山に囲まれ一方が海という要害であったこと、父祖・頼義以来の源氏ゆかりの地であったことなどが言われています。

「鶴岡八幡宮」は、その頼義が建てた鶴岡宮を、鎌倉入りした頼朝が現在地に移したのが始まり。
以後、北条、足利、徳川の各武家政権から篤い崇敬を集めています。鎌倉のシンボルですね。


(鶴岡八幡宮)

さらに誌面で紹介するのは、頼朝の夢に現れて吉兆を告げたという2つの社。
それが、宇賀福神を祀る「銭洗弁財天」「佐助稲荷神社」。いずれも頼朝の治世を後押しするような夢のお告げです。ドラマでは後白河法皇が出る悪夢(?)でしたが…。

鎌倉には、義時ゆかりの史跡があります。
義時をはじめ北条執権が住んだ屋敷跡。その地に、今は「宝戒寺」が建っています。


(宝戒寺)

さらに義時が創建した大倉薬師堂を前身とする「覚園寺」
さらに、政子が建立した「寿福寺」も。裏山の墓所には、政子とその子・実朝の墓もあります。
そこにあるのは、まだ大河ドラマでは描かれていない悲運の将軍の物語…。さあ、勇気を出して訪れてみませんか?

他にも、「鎌倉殿の重臣13人の足跡を追う!」と題した史跡めぐりや、伊豆と鎌倉のおすすめグルメも…。
これは出かけねばなるまい…。今日の夢中は、源頼朝と北条義時の面影を探す旅、旅の手帖「伊豆と鎌倉へ」でした。

ありがとう、旅の手帖! ありがとう、特集「伊豆と鎌倉へ」!

ブログランキングに参加しています!

にほんブログ村 本ブログへ

 

 

 

 

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事