こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
今日の夢中は、虞や虞や、汝をいかんせん…猛将項羽に愛された一人の女性「虞姫寂静」…。万城目学さんの短編集「悟浄出立」のなかの一篇を取り上げます。
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■あらすじ
ときは紀元前3世紀。中国天下をかけた、項羽と劉邦の戦いが繰り広げられました。
世にいう楚漢戦争。物語は、その最終決戦の場面から始まります。
圧倒的な武勇を誇ってきた項羽に時は味方せず、ついに数十万の劉邦軍に包囲されます。
夜のとばりが落ちる頃、劉邦軍から聴こえてきたのは、項羽軍の故郷、楚の歌でした。
四面楚歌…。これまで味方だった楚の兵が、いまは敵の陣にいて「故郷に帰ろう」と歌いかけます。
女はそのとき、天下の豪傑・項羽が瞳を濡らしているのを認めるのでした。
その女の名は「虞」。項羽の最愛の女性、その名は項羽自らが授けました。
そして、四面楚歌が流れる最期の局面で、虞姫はその名を与えられた、秘められた真実を知るのです…。
虞姫を逃がそうとする項羽、それを拒む虞姫…。
果たして虞姫の運命は?戦いの行方は?そして、虞の名に秘められた真実とは…?
■虞姫寂静
万城目学さんの短編集「悟浄出立」。
この短編集には、古代中国に素材をもとめた5つの短編が掲載されています。
今日とり上げるのは、その中の一編「虞姫寂静」(ぐきじゃくじょう)。
当時の中国の人口を半減させたといわれる楚漢戦争、項羽と劉邦の戦いを題材にした物語です。
物語は一人の女性の視点から語られます。その女性の名は「虞」。
後に「虞美人」として知られる、豪傑・項羽の愛妾です。
「汝は、今日より虞と名乗れ」。
使い女であった彼女は、項羽と会ったその日に「虞」という名を与えられました。
それから4年、いつ何時も、虞姫は項羽と陣をともにし、寵姫としてその側に侍りました。
蛮勇をふるい殺戮をほしいままにした項羽も、彼女にだけは「虞よ」とやさしく情愛を注ぎました。
虞姫は、確かな愛情を感じ取りながらも、胸の内にくすぶる疑問がありました。
なぜ、ただの使い女である己が選ばれたのか…。
■虞美人草
あとがき「著者解題」で万城目さんが記している通り、虞姫に関する史記の記載はほんのわずか…。
「有美人名虞 常幸従(美人有り名は虞、常に幸せられて従ふ)」。
この八文字から、万城目さんは「虞」という女性の空想を広げていきました。
その空想の軸となるのが、まさに虞姫が物語の中で抱く「なぜ虞姫は項羽から愛されたか」です。
最終決戦のシーンと回想シーンを行きつ戻りつしながら、その謎が解き明かされていきます。
この辺りは万城目ワールドの面目躍如。実在の人物・史実と万城目流の空想が織りなし合って、衝撃のラストにつながります。
物語のクライマックスは、項羽の陣幕で催される最後の酒宴。
自ら授けた「虞」の名前を解くと、この場から逃げるように命じる項羽。「虞」の名前に秘められた真実を知り、その命に従わず陣幕に向かう虞姫。
彼女は、鮮やかな紅に染められた深衣を翻し、覇王の寵姫として最後の舞いを披露します。
「大王さま、妾(わたし)の名は虞でございまする」。
そして、持っていた剣を自らの首筋にあて、躊躇することなく真下に引き落としたのです…。
なぜ、虞姫は自ら命を断ったのか…?果たして、虞の名前に秘められた真実とは…?万城目さんの空想の果てを知りたい方は、ぜひ本編をお読みください。
虞や虞や、汝をいかんせん…。物語の最後、項羽の詠った詩に誰もが、胸を詰まらせるはず。
のちに彼女の亡骸の近くに、可憐な真紅の花が咲きました。その草花は、「虞美人草」という名で呼ばれるようになりました。
虞美人草。日本語でひなげし、英語ではポピー。
「やわらかな赤に包まれたポピー畑を見る機会があったら、二千二百年前のむかしに生きた虞という女性を思い出してあげてほしい」。
万城目さんは、巻末でそう記しています。
ありがとう、万城目学さん! ありがとう、「虞姫寂静」!