こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、「歴史人」2019年6月号「幕末事件史」です。

■歴史人

いつも歴史ファンにたまらない情報を届けてくれる雑誌「歴史人」
2019年6月号の特集は、相関図で読み解く「幕末事件史」。幕藩体制を揺るがせた騒乱事件の真相とは。


歴史人2019年6月号

時代の大転換点となった幕末。
時代を変えようとする者と、変えまいとする者との、飽くなき戦いが繰り広げられました。

「幕末に事件が多発したのはなぜか?」という導入記事で、特集が始まります。
本記事では、幕末を「第二の戦国」と称しています。まさに「下剋上」の時代のように、幕末の世は無規制となり、暗殺が横行しました。

そのきっかけとなったのはペリー来航。それは日本の国論を攘夷と開国に二分しました。
ナショナリズムの台頭、薩長をはじめとした諸藩の自治独立、さらにはその時の事件に対する勘違いなど、様々な理由で事件は引き起こされました。


開国の使者 ペリー遠征記/佐藤賢一

有名なところでは、桜田門外の変寺田屋事件池田屋事件禁門の変…。
これらはいずれも、幕末を描いた小説やドラマでは必ず登場する重大な事件です。
本誌では、こうした重大事件を、年表や人物の相関図から読み解いています。さすがは歴史人。

一方で、そうした重大事件の陰で、実は時代を着実に突き動かした事件がありました。
正直、「そんな事件があったの?」と驚くものも…。

今日は、特集「幕末事件史」の中から、まったく個人的な興味でピックアップ。
特に関心を引かれた、あまり知られてないけど時代を動かした幕末の事件を紹介します。

■坂下門外の変

まずは「坂下門外の変」(1862年)。
「桜田門外の変」は知ってるけど、これは知らなかったな…。


桜田門外ノ変(上)/吉村昭

この坂下門外の変は、桜田門外の変の2年後に起きています。
被害に遭ったのは、桜田門外の変で命を落とした井伊直弼の後を継いだ老中・安藤信正

安藤は公武合体により幕府の延命を図りますが、水戸浪士ら過激派はそれを許しません。
江戸城登城のために坂下門に差し掛かった安藤ら一行を、6人の浪士が襲撃しました。

さすがに桜田門の変から教訓を得た護衛の家臣たちが、6人をすべて斬り殺しましたが、この事件が幕府に与えた衝撃は甚大でした。
桜田門と坂下門。2つの変が幕府の権威を失墜させたと言っていいでしょう。

■天誅組の変

続いて「天誅組の変」(1863年)。
長州藩ら攘夷派が画策した孝明天皇の大和行幸、それと合わせた挙兵。
その先鋒として挙兵して幕府直轄の五條代官所を襲撃したのが天誅組でした。


実録 天誅組の変/船久保藍

しかし、肝心の大和行幸が、「八月十八日の政変」と呼ばれる宮中クーデターのため延期。
天誅組は大義名分を失い、一夜にして朝敵になってしまいました。

あわれ天誅組は孤立無援に。隊士たちの多くが自刃、銃殺、捕縛など悲惨な運命をたどりました。
この戦いで坂本龍馬の友人・吉村寅太郎が落命。その死を悼む龍馬が姉・乙女に宛てた手紙が残っています。

■天満屋事件

そして、その龍馬の暗殺を契機として起きたのが「天満屋事件」(1868年)。
龍馬を失った海援隊の陸奥宗光は、龍馬暗殺の黒幕が紀州藩士の三浦久太郎だという情報を得ます。


竜馬がゆく(1)/司馬遼太郎

当時、紀州藩はいろは丸沈没事件のやり取りで多額の賠償金を支払わされ、龍馬に恨みを持っていたとされます。
海援隊は三浦を討つべく旅宿の天満屋を襲撃しました。

これ、むちゃくちゃ興味深いですね。龍馬暗殺の犯人が誰かという謎に迫るもの。
少なくとも陸奥ら海援隊はこのとき、紀州藩士が実行犯だと思ってたんですね。

さらに興味深いのが、このとき三浦を護衛していたのが新選組だったってこと。
海援隊対新選組。一度かぎりの斬り合いが行われたのがここ天満屋です。


新選組血風録/司馬遼太郎

海援隊は陸援隊士を含め16人。一方、新選組は斎藤一ら7人。
いずれも数名の死傷者を出す激しい戦いとなりますが、新選組は2倍の敵を相手に三浦を守り切りました。
こんな戦いがあったんですね…。はじめて知りました。

こののち、王政復古の大号令、戊辰戦争という大きな事件を経て、時代は幕末から明治へと移り変わります。
「幕末事件史」。表舞台も裏舞台も興味深い事件ばかりです。歴史って奥が深いですね。

ありがとう、歴史人! ありがとう、幕末事件史!

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